午後、6畳の部屋は薄暗く、僕はソファに本を置く

本ブログはフィクションですが、一部隠し切れない真実を含みます。

彼は15才の春に家に引きこもった

僕と彼の思い出は僕らが12才、小学6年生の時に遡る。

前から目立つ児童ではあったと思う。友達から名前は聞いたことはあった。よくは知らないが有名な進学塾に通っていて、親がお金持ちで、ゲームをしに友達がよく家に集まっているということは知っていた。

 

ある日、僕の友達がどうしても、というので校区外にあるプラモデルショップに付き添った。

僕と友達は2人でそれぞれの自転車を漕いで、大きな橋を渡り、沢山の車が往来する見たこともないような大きな交差点を渡った。

帰りにマックでバニラのシェークを買った。

あの時の僕たちにとってはそれはとてつもない大冒険だった。

 

翌日、学校に行くと、友達数人を引き連れた見慣れない男の子が僕のところにやってきた。

それが彼だった。

昨日塾に行く時に校区外の大きな橋を渡る僕を見たと、校区外には子供だけで行ったら行けない、君は不良だ、と主張した。

 

僕は、親に言うでも先生に言いつけるでも好きにしてくれ、と言った。僕たちがしたことは事実だったし、決まりも本当だ。怒られても仕方ないと思った。ただわざわざそれを僕に言いに来た彼の意図が測りかねた。

今から思えばそうやって弱みを握って子分を作っていたのかも知れない。ただそこまで打算的でなくても、とにかくその時は面倒なヤツだと思った。

 

中学になり、僕と彼は同じクラスになった。

席は僕のすぐ後ろだった。

あの一件があったので僕はできれば彼を避けたいと感じていた。意識して彼には話しかけなかった。

 

しかし、プリントを配る時に後ろを見ないわけにいかず、振り向いたところ、テッカテカの笑顔で僕に裏ボタンを見せつけた。

 

「これ知ってる?ボタンの後ろをこれでとめるの。見て、龍だよ。かっこよくない?」

 

バカだな、と思ったし、僕も同じようにバカだった。

 

「やばい。めちゃかっこいい」

 

僕たちはすぐに仲良くなった。

 

 

僕と彼が急速に仲良くなった理由は席が近かったというのもあるけれど、何より一番は同じ部活に入ったことだろう。

この部活は県内でも有数の強豪でかなり気合が入っており、その厳しさから一年生の入部希望者はごく少なかった。

僕は兄がその部活に入っていたところもあり、あまり深く考えず入部した。

彼がどういう理由で入部したのかは知らないが初日に2年生から、「部室は2年になってやっと入室可、3年になるまでは座ってはいけない」という謎のしきたりを教えられている時に、「厳しくね?」と隣で彼が小声で言ったので、同じ部活であることを知った。

 

僕たちは2学期まで精力的に部活に励んだ。

僕は何故か上手かった。中体連では1年で唯一の補欠になった。こうなると他の1年生とは練習メニューが変わるのであまり関わらなくなった。

 

2学期が始まり最初の昼休みに、同じ部活の僕以外の1年生が顧問に詰め寄っている、と部長が僕を呼びに来た。

 

僕も慌てて職員室に行くと、彼が中心となり、1年の部活動環境の改善を求めているらしかった。

具体的には練習中の水分補給の自由化や、1年生の練習試合参加などであった。

先輩の手前、堂々と主張するのが躊躇われたが、言っていることは最もだと思った。

 

結局その場では解決せず、後日、彼と彼の親が学校に乗り込んで来て、全面的に彼の主張が認められるに至った。

 

しかし、それ以後、先輩や顧問、コーチから明らかに1年生は腫れ物に触るような扱いをされるようになった。

 

僕は馬鹿らしくなり、放課後は部活をサボって図書室で火の鳥を読むようになった。

 

彼は他の1年を率い、熱心に部活をしているようだった。

 

ある日、僕が図書室で本を読んでいると、クラスの女子がやって来た。告白だった。

思いがけないことだったので恥ずかしくなり断った。

 

翌日になると僕が告白されたという噂が校内に広まっていた。僕は知らんぷりを決め込んでいて、いつもと同じように放課後には図書室に向かった。

 

彼が図書室にいた。

どうも部活はサボったらしかった。

適当に会話したがその後も本に集中できなかった。

その日、初めて彼の家に行った。一緒にゲームをして遊んだ。同じ部活の他の1年も数人いた。みんな僕が行かなくなってしばらくしてサボり始めたらしかった。

 

彼は僕が女の子に告白されたと聞いて、図書室に行けばモテるのかもしれないと思って来たらしかった。本人は結局認めなかったが、他の友達がそう証言した。

 

 

僕らはそれから毎日彼の家でゲームをして遊んだ。

 

 

冬、僕の転校が決まった。

僕は誰に言うつもりもなかった。親が離婚したのだ。ただ、恥ずかしかった。

 

最後の金曜日、僕はいつものように彼の家で遊んだ後、彼の家の玄関で靴を履いていた。他の友達はすでに帰っていたので僕と彼だけだった。

 

「僕、転校するから」

 

それだけ伝えた。彼はなんで、とは聞かなかった。彼の親から何かしら聞いていたのかも知れない。

 

「新しい家の電話番号、教えてね」

 

外に出るともう深夜のように暗かった。吐いた息が白く昇って霞にように溶けて消えた。僕たちはそうやって別れた。

 

それからも僕たちは電話でよく話した。

新しい学校にはすぐ馴染めたこと、部活をまたやっていること、好きな人が出来たこと。

高校は一緒に市内で一番の進学校を目指すことにした。

 

たまに彼の家に自転車で遊びに行った。

前と同じように沢山の友達ががたむろしていた。

僕がきても珍しがる様子もなく普段通りゲームをした。

帰りはかなりの長い距離だったが頑張って自転車を漕いだ。

 

中3の夏、僕と彼にそれぞれ彼女が出来た。

僕の彼女は転校先の中学の同級生だったが、彼と彼の彼女は同じ塾らしく、知り合いだった。

4人で花火を見に行った。

僕は浴衣姿の彼女を自転車の荷台に乗せて、少し誇らしいように感じた。

 

みんなで同じ高校を目指そうと話した。

 

春、彼だけが高校を落ちた。

僕らは残念会を開いた。彼は少しも気落ちしていなかった。来年は先輩かよ、と言って笑った。

 

夏、僕は彼女と別れた。部活の先輩を好きになったとのことだった。すぐにその先輩と付き合い始めた。僕はまた本を読むようになった。

 

冬、彼と久しぶり会った。彼女と別れた事を報告した。彼は知っていた。最近はオンラインゲームで遊んでいるらしかった。受験勉強はうまく行っていると言っていた。

 

春、彼はまた不合格だった。会いには行けなかった。風の噂で金髪に染めたと聞いた。彼の彼女だった子が僕の友人と付き合い始めた。いつの間にか別れていたようだった。

 

高3の春、僕はある事で賞をもらい、ちょっとした有名人になった。彼から電話があった。祝福をしてくれた。県外の高校に合格したとのことだった。

しばらくして久しぶりに彼の家を訪れた。

数人の懐かしい顔がいた。僕らは特に思い出に浸るわけでもなく昨日ぶりくらいの感覚でゲームをした。

 

20歳、成人式の日、彼は会場に来ていなかった。

彼の元彼女がいた。知らないとは思いながらも彼のことを聞いた。

「まだ家でひきこもってるんじゃない?」

バカにするように笑った。生理的な嫌悪が背筋を伝った。

 

23歳、僕は久しぶりに帰郷した。

駅に着いたがまだ迎えが来ていなかった。時間を潰すか、と駅前のパチンコ屋に入った。彼がいた。

声を掛けるのを躊躇ってしまうほどその場に馴染んでいた。なんというか、そちら側の人に見えた。

僕は勇気を出して声をかけた。驚いてはくれたが後で電話する、とだけ言ってパチンコに戻った。

電話はなかった。

 

26歳、僕は恋人と結婚した。

結婚式に、彼を招待した。返事はなかった。

 

夏、僕ら夫婦は地元に帰って来た。

あの時一緒にゲームをしていた仲間から彼がまずい状況だと言う話を聞いた。

なんでも精神的に不安定とのことだった。

てっきり卒業したとばかり思っていた県外の高校は入学式の日に辞めたらしかった。同級生がガキすぎる、と言っていたそうだ。

僕は彼の自宅に電話をした。母親が出た。

僕は挨拶をして、彼がいるか尋ねた。彼の母親は言い淀んだが、どうも自宅にいるようだった。

すぐに、彼の家に行った。

中学の時、そうしたように、彼の部屋の窓ガラスを叩いた。すぐに窓は開いた。彼がいた。

 

「大検とって東大目指すか、司法書士、どっちがいいと思う?」

 

彼はそう言った。

何のために?僕は聞かなかった。彼のプライドのためだとわかっていたからだ。

懐かしい彼の部屋は昔と全く変わらなく、置いてあるゲーム機以外はあの時のままだった。しかし、そこにはもう僕と彼しかいなかった。

 

「とりあえずアルバイトから始めてみたらどうだろう」

 

僕は言葉を選んで言ったつもりだったが、声にしてみると自分でも驚くほどトゲがあった。

 

シャシャシャと彼は笑った。

「金なんてFXで稼げるでしょ。大事なのは俺の才能を活かせる仕事なんだよなー」

 

不可能ではないだろう、しかし僕にはそれを彼が出来るとはどうしても思えなかった。

 

秋、彼は何もしていなかった。近所のショッピングモールのゲームセンターにいるのを見かけた。

もう、声はかけなかった。

 

春、近くのディスカウントスーパーでレジ打ちしている彼がいた。長く伸びきっていた髪は清潔感を感じるほどには短くなっていた。

僕はエナジードリンクを3つ持った。僕と妻と彼の分だ。渋滞ができた彼のレジにわざと並んだ。

 

理想を持つことは大事だろう。プライドがなければ判断に悩むだろう。でも幸せになるためには高すぎるハードルは邪魔なだけだ。

矛盾ばかりだ。だけどどれも本当だ。

色んな人が色んなことを言って、誰かのせいにしたくなるかもしれない。

でも選んだのは自分自身だ。責任も手柄も全て自分のものだ。

 

胸をはれ。

 

生きろよ、ずっと。