午後、6畳の部屋は薄暗く、僕はソファに本を置く

本ブログはフィクションですが、一部隠し切れない真実を含みます。

ウィークエンドシューターがフォートナイトで上位1%に入るための方法と狂人のためのライフハック

僕はストレスを溜めていた。
ここのところ偏頭痛が酷く、自らで打ちたてた目標である私小説の執筆も難航しており、仕事は忙しく、平日の睡眠は3時間も取れていない状態が長く続いていた。
その日も寝不足のまま、ボーっとした頭で出勤するために靴を履いていると、歯を磨いていた妻がトットッと玄関へ見送りに来た。

「あ、あたし今日からだから」
「え?なんだっけ?」

妻は歯ブラシを咥えたまま喋っていたので実際にはフガフガと溺れている様な音が鳴っただけだったが、僕と妻の長年の付き合いはそのような不明瞭な音でも簡単な意思疎通を可能なものにしていた。

「言ったじゃん。旅行いくって」
「あー」

そうだった。妻の高校時代からの友人がフランスかなんかそのあたりのかっこいい外国から一時帰国するとのことで仲のいい友人数人で旅行すると言っていた。

「わかった。気をつけてね」
「うん」

僕は玄関のドアを閉めるとトボトボと車へ向かった。
妻はとんでもないおしゃべりでさらに話の内容もおもしろくない。しかし、僕は彼女が内容のない話を楽しそうに話しているのを見るのが好きなので、数日間でも彼女のいない生活を想像すると暗い気持ちになった。

 

何かいいことないかなぁ。
僕は車のエンジンを掛けながらそう思った。

例えば僕が今、一番欲しいものはなんだろうか。多分時間だ。ゆっくり寝たいしゲームもしたい。一人で意味もなく海岸沿いを散歩したりしたい。 そうだ。ゆっくりと考えをまとめる時間が僕には必要だ。
さらに言うならハンバーガーやフライドチキン、ピザなどのジャンクフードをテーブルいっぱいに広げて怠惰パーティーを開きたい。このパーティの招待状は僕だけにしか届かない。テレビは何か希望に満ちた子供用の3Dアニメ映画を流して、僕はソファに座ってテレビだけが明るい薄暗い部屋でコーラを飲むのだ。
いい。とてもいい。
しかし、ゲームはどうする?フォートナイトをしなくてはならない 。
寝室のテレビをリビングまで持って来よう。3Dアニメ映画などそもそも興味ないので垂れ流しでいいのだ。レストランのクラシックのようにBGMになってくれればいい。要は賑やかしだ。
そうだ。この際ゲーム用のPCとモニターを買ってこよう。

pingをよくするためにルータとカテゴリ7のLANケーブルも買い換えよう。
いいぞ。とっても楽しい。


はっ!?


そして僕は気付いた。
そんなことができるはずがない。なぜか?妻が怒るからだ。
そう、僕は気付いてしまったのだ。
しかし、今日から数日間は妻がいない。つまり、できるのだ、と。


僕の脳みそが久々に高速回転し始めた。
しなければならないことがたくさんある。
まずは。
僕は秒でインフルエンザに罹患した。
本来はウイルスが僕の体内で悪さをしださなければインフルエンザに罹患することはできないが、今回の場合、その存在の有無は問わない。とにかく僕がインフルエンザウイルスに侵されたということを事実だとと認識することが大事なのである。

こうなると仕事は休まなければならないのだが、僕が休むことで周りに多大な負担をかけてしまうことになる。これを少しでも軽減するため、僕は最も信頼できるいつもの後輩に今週の最低防衛線と業務上の要点だけを書いてラインした。彼からすぐに「?」のスタンプが返ってきたので「つまりそういうことです」と返信した。 ため息をつくスタンプが返ってきたことを確認して、彼が全て察したと理解した。

その後、上司へ連絡し、熱があることを伝えた。
僕からその名や雰囲気を出すことなく、「インフルエンザが流行ってるから病院いっとけよ」と言質をとることに成功した。そして抜け目なく後輩に細かい業務指示を出したこと伝えた。後は午後にでももう一度電話をすればよい。

さて、こうなるとこれから始まるパーティナイトを満喫するためにここ数週間の寝不足による脳の損傷が心配だ。
睡眠が必要である。マントルのさらに先、星の重力から開放されて核空間で眠るような深層なる回復が。

 

朝早くから開いている大型のディスカウントストアから自宅に戻ると妻は既に出発したようだった。
あったかくなるアイマスクや安眠できるという枕など、手当たり次第に買ってきたそれらを、順次装備し昼過ぎにアラームをセットして布団に潜った。

 

次に目覚めたのは夕方だった。

目を開けた瞬間にここ5年で1番身体の調子が良いことを確信した。

スマホに着歴が残っていなかったので仕事の方も順調なのだろう。こちらもこれから色々と忙しいので職場への連絡は明日することにした。

 

冬ももうすぐ明けるのだろう。陽はまだ残っている。光を反射して陰影のついた赤黒い雲が所々、空に浮かんでいる。僕は子供の頃に秘密基地へ向う時のようにワクワクしていた。

さて、物資の再補給が必要である。我々の夜は長い。もちろん我々と言っても僕しかここにはいないので、ここで指す我々とは今日という夜を楽しもうとしている世界中のパーリーピーポーの同志達のことを意味する。さあ、夜を楽しむのだ。

 

大切な事がいくつかある。

例えば世界が何で出来ているか、という事だ。

僕は多くの物事でそれらを構成する物質のことを知らない。しかし、僕の目線から見た世界とは全て、僕の認知によって出来ていると言ってしまえる。

僕は地球が自転していることを感じたことはないが、知識とかしてそう習ったので大体そんなものなのだろうと認識している。以前も書いたが僕の父はハゲているが父の中での自分の評価は「まだマシ、いや、寧ろおっさん界隈ではちょっとイケてる」というものである。

事実がどうであろうとそう思い、類推して行動した結果がある程度満足のいくものであれば、僕らはそれが事実であると思い込んでしまう。

認知が歪めば世界は変わる、この考えはある程度真実であると僕は思っている。つまり思い通りの世界は他人が関わらない限り簡単に作ることが出来るのだ。

しかし、他人の話を聞かず独善的な考えだけで認知を構築してしまうと必ず人は狂人となってしまう。自身の認知の破壊と創造は、深淵を覗き込む、危険な行為なのだ。

 

僕のパーティはそれから37時間続いた。

結果的にはその時たまたまやっていたフォートナイトのランキング戦で上位勢となり、チャンピオンシップへの挑戦権を手に入れるに至った。

それから12時間以上寝て、次の日に起きると、旅行から帰って来た妻にゲンコツされるほど怒られた。確かに妻からすると部屋はファーストフードのゴミでグチャグチャになり、見知らぬ機械が乱雑に配置され、汚れきった自分の夫がグゥグゥ寝ているのであれば気持ちはわかる。寧ろ正しいし、僕も妻のゲンコツがなければ正気に戻れなかったと思われるので感謝しかない。

この経験から僕が世界中の狂人に伝えたいことは常識的でしっかりとした気の強い妻を娶れ、ということである。

常識的な人にはストレスが溜まっても、大体のことは寝たら解決するのでタガを外そうとするな、と伝えておく。寝ても治らない場合は素直に病院に行った方が良い。

フォートナイトでチャンピオンシップに出たい人にはリスクを徹底的に除外することと、自分よりスキルが上の相手に対しては無理に戦闘せず、移動系の補助アイテムで最終盤面で有利をとってストームキルした方が強いよ、と言っておく。特に風船はぶっ壊れ性能だと思う。