午後、6畳の部屋は薄暗く、僕はソファに本を置く

本ブログはフィクションですが、一部隠し切れない真実を含みます。

妻帯者でも青春ラブコメがしたいっ!

先日、会社の同僚にふと、萌えについて尋ねたところ、「喧嘩したいんですか?」と返答があった。

もちろんそんなつもりはないので、なぜそんなことを言うのか、と尋ね返した。すると同僚は「僕の萌えは、綾波レイです」と答えた。

 

エヴァンゲリオンのヒロインの子だ。

藤原基央がこの子のためにアルエを書いたのとパチンコではSP前に出てくるとアツいということくらいしかしらない。

可愛くないし、貧乳だし、愛想悪いじゃないか。

はっ!?

 

「なるほど」

「ね?」

僕も気付いた。これは喧嘩になると。

 

「アニメとか見ます?」

同僚が僕に尋ねた。

「いや、僕は」

正直あまり見ない。大人になって見たのはカウボーイビバップと、化物語くらいなものだ。いずれもパチンコで知って興味を持ったものだ。だからこそ、昨今の萌えブームがどんなものか知りたかったのである。

 

「深いですよ。こちら側に来る覚悟はありますか?」

いやいや、何を言っているんだろうか。

同僚の顔がいつになく真剣だったので思わず笑ってしまった。

「アニメ初心者ですよね?なら、とりあえず青春ラブコメものをみた方が手っ取り早いかな、と思います」

ばかたれが。僕ぞ?青春ラブコメに悪感情はないまでも自分がはまり込むように思えなかった。ゾンビが蔓延する世の中で生死を賭けた青春ラブコメがあるなら、まだわかるが。

「ありますよ。ゾンビの青春ラブコメ

「え?」

ゾンビが蔓延する世の中で生死を賭けて青春ラブコメする意味がわからない。

なるほど。深そうである。

その後、帰り際に同僚はオススメのアニメをいくつかメモに書いて渡してくれた。

帰宅後、Amazonプライムで視聴した。

 

結果から言うと最高だった。

世の男性の嗜みとして青春ラブコメを必修化すべきだとすら思った。

それから僕は持ち前の集中力で青春ラブコメを見狂った。2週間で30作品くらいは消費した。

 

同僚には感謝を伝えた。いや、もう同僚ではない。マブダチである。

「どうです?深淵、見えました?」

マブダチが僕に尋ねた。

 

正直に言うと、まだ見えていない。

最高に楽しかったが、底なしを感じることはなかった。

はっきり言ってどの作品も似たり寄ったりだと思った。

そもそも、青春ラブコメはすでにある程度のテンプレートがあり、茶髪の清純系幼馴染や、ピンクの髪のふんわり巨乳先輩のようなお決まりのキャラがいて、ほとんどの場合でメインヒロインと付き合うことになるし、各作品独自の楽しみといえばキャラのやり取りや設定による微妙な差くらいしかないのではないか、と思う。

 

僕の言葉をゆっくりと待つと、舐った(ねぶった)当たりのアイスの棒を口から差し出すように勝ち誇った顔でマブダチが言った。

「ではなぜそれが楽しめるんでしょうね?」

はぁっ!?

 

なるほど。これは古典落語のようなものか。

ほとんど同じようなストーリーでも演者の立ち振る舞いや、機微、パーソナリティを楽しむような、奥ゆかしい娯楽。

深い、深すぎる。

 

僕は膝をついて元マブダチの顔を見上げた。

そう、彼は。いや、このお方は師匠である。

僕が今進んでいる道をもう遥か昔に通り過ぎている。

 

「し、師匠、僕はこの先何を見ればいいんでしょうか?」

「そうですね。もう一回、同じ作品を見てみましょうか」

「同じ作品、ですか?」

師匠によると、もう一回見ることによって作品への理解が深まり、愛が芽生えるとのことである。

僕はもう師匠に逆らう気などなかった、が、見直しなどセンター試験でもしたことがないので、その気持ちだけはここに置いておこうと思った。

「時間の無駄なんではないでしょうか」

師匠は慈しみに満ちた優しい眼差しで微笑んでいた。

「急いては事を仕損じる。必ずわかります。気持ちを持って施った(おこなった※こんな読み方はしません)ことに無駄なんてありません。信じてください」

僕はさらに3日をかけて厳選した3作品の見直しを行った。

 

結果、僕の胸の中には愛が満ち溢れていた。青春ラブコメへの愛が。

 

僕は勇んで師匠の元に向かった。

この愛の行く末を教えて欲しかった。

 

「次は身近な人をキャラに置き換えて萌える練習をしましょう」

いや、師匠。それは流石にない。

僕は一瞬にして覚めた。

 

「残念だけど、僕はまだキャラのテンプレートを愛するには至ってないんだよね。萌えるってのもイマイチわかってないし。可愛いなぁ、みたいな感じはあるんだけど、それって絵も込みで可愛いなぁ、だし、現実の人をキャラクターに当てはめるとか、そういうのじゃないんだよね」

「そうですか。どんなキャラが可愛いと思いました?」

それは、やっぱり、ピンク髪のゆるふわ巨乳先輩系のキャラだ。幼馴染系も、まぁ好きだが1番ではない。絶対にないのは、ボーイッシュ系。メガネっ娘、年下の背の低い系も好きではない。

「やはり、ですか。じゃあ自分が青春ラブコメの主人公になったとしてメインヒロインになる子はどんな子だと思います?」

師匠は不思議なことを言う。

ついさっき好みのタイプを言ったではないか。

「え?それはやっぱり」

「考えてみてください。青春ラブコメのテンプレストーリーの中で紆余曲折あって最終的にくっつくメインヒロイン。果たしてそれはゆるふわ巨乳先輩ですかね?」

なるほど。確かに。

僕は好みのタイプの子にはガンガン行くし、どちらかというと自分に向けられる好意には敏感な方なので、ゆるふわ巨乳先輩が第1回から僕のことを好きだとすると、1クール持たない。多分初回で付き合ってしまう。

それだと僕が思う青春ラブコメではない。

理想は7回くらいまでに紆余曲折ありながら、ヒロインと付き合うことになり、第8回はラブラブ回、第9回でそれまで初回から存在を匂わせまくった親から決められた僕の許嫁が現れ、嫉妬に狂ったヒロインと不仲になるのがいい。そして第10回で2人の亀裂は決定的になり、11回でも距離は縮まらず、迫ってくる卒業式。残す2回。2人はどうなってしまうのか。

 

初回の僕の猛烈アタックを切り抜け、7回まで引き伸ばしてくれる辛辣さ、しかし、離れてしまった第10回以降も一途に僕の事を好きでいてくれる芯の強さ。これらを兼ねるキャラとは。

「ツ、ツンデレ、ですか?師匠」

師匠の方を見ようとするが眩しくて顔が見えない。指している。後光が。

「そうです。私が知る限り奥さん、そんなタイプですよね?」

僕は元師匠の顔を拝むことを諦めて、心のままに平伏した。そう、このお方を師匠と呼ぶのは恐れ多い。正しくは人の形をした神である。

「萌えとは何か?あなたが聞きましたね。さぁもうこれで答えが出たでしょう。私が出来るのはここまでです」

 

家に帰ると妻が夕飯の準備をしていた。

僕はドキドキしていた。

ラストである第13回。卒業式の後、2人はお互いの想いを伝え合って復縁したのだ。そしてその物語の続きに今、僕はいる。

「ねぇ、わかったんだけど、もしかしたら僕、ツンデレ萌えかもしれない」

僕は開口一番に伝えた。

「え?なにそれ」

そうだ。間違いない。僕はツンデレ萌えだ。

 

思えばアニメを見ていてもツンデレキャラだけは目に入っていなかった。なんというか、もう家族みたいなものというか。貧乏性を発揮して、どうせならあんまり知らないキャラクターを見よう、見ようとしていたのかもしれない。

考えてみたら完全にテンプレにはまったような見事なツンデレなのだ。うちの妻は。

僕は妻への愛の理由を再確認した。

僕は彼女の細い輪郭に手を伸ばした。そう、彼女は僕の妻である。

「ねぇ、今晩さ」

 

その後、メチャクチャ拒否された。