ハゲによるルックスの低下を防ぐ方法について、僕が15年考えた結末
僕の父は前面から頭頂部にかけてがずるりと薄毛であり、頭頂部には赤ちゃんの産毛程の柔らかな細い毛が優しく漂っているというスタイルを長年続けている。
小学生の頃に先生から、遺伝子についての説明を受け、いつかは父に似てくる可能性が高いということを知ってからというもの、僕は父の背中より頭髪の進捗の方ばかり見ていた。
僕も父と同じ結末を迎える事になるとすると、逆に父がハゲなければ僕もハゲないと言えるのだ。
しかし、願えども願えども父の頭皮が良化する傾向は一向に見られなかった。それどころか日に日に地表を露わにしていく裏切りには心底閉口した。
そしてそれが本当の意味で不毛な消耗戦であることに気づいたのは小学校も高学年になってからだった。
ハゲとは不可逆である。
一度ハゲると育毛剤を振りまこうと頭皮マッサージをしようと無意味で、あとは抜け続けるだけであると。
父が新しい育毛剤を買う度に、喜び勇んで、これでもうフサフサだな、などとのたまっていたが、あんなものは戯言である。
折しも、僕は思春期に差し掛かっており、その事実は僕に呪いのように纏わり付いた。
僕は何度も父を責めた。何故ハゲているのか、と。なんとか髪を生やす事は出来ないのか、と。
僕がそう言うと、兄も僕に加勢した。そもそも努力が足らないと。もっと若い頃から対処はできなかったのか、と。
今になって父の気持ちを思えば地獄である。
しかし、我々としても死活問題なので父に何とかしてもらいたかった。なんとかして打開をしてほしかった。だが伸びる事はあっても増える事のないそれを見て、僕ら兄弟は幼少期から感じていた父の全能感をこの時、失った。
この世に神はいない。が、僕らにはまだ髪があった。兄が言ったように今から対処すれば父の二の舞にならずに済むのではないか?
そこで僕らは父の育毛剤を使い、マッサージをし、髪のケアを始めた。そしてハゲた時どうするか、有効だと思う対処法を話し合った。
僕は中学1年生になっていた。
髪のケアは続けていた。
ある日風呂に入り、いつものように子猫を撫でるような優しいシャンプーをしていた。
抜け毛の量をチェックは当たり前になっていたので特に意識せず、泡だらけの指先を薄目で見た。
するととんでもない量の髪が抜けていた。
「ハゲとは不可逆である」
シャワーで目元の泡を流してマジマジと抜け毛を見つめたが先ほどと変わらない、大量のそれらが執拗に指先にへばりついていた。
きた、と。
xデイがついにきた、と。
しかし、思ったほど僕はショックを受けていなかった。
「ハゲとは不可逆である」
抜けた毛はもう戻らないのだ。
僕は兄を呼び、被害箇所の確認を依頼した。特に頭頂部は鏡で確認しにくいので入念なチェックを強く言い置いた。
兄によると、明らかなハゲは見当たらないとのことだった。母に相談すると、部活で日光を浴びているので傷んでいるだけだと言った。
それらの言葉は確かに僕を多少安心させた。
しかし、これが不毛に至るまでの消耗戦である覚悟は既に持っていた。僕の孤独な闘いはこの日から始まった。僕は遺伝子を超える。
そして、15年が経った。
僕は大人になっていた。
都会の雑踏に揉まれ、家では頭皮を揉んだ。
まだハゲていなかった。
僕は妻や友人、職場の仲間に、僕が将来ハゲることと、臨界点を超えたと判断した時点で髷を結う事を伝えていた。
そうなのだ。僕がこの15年を使って問い続けた答えは、ハゲたら髷を結う、である。
アパレル店員とか芸能関係者がよくしている、長髪を緩く持ち上げて頭頂部でまとめるようなナンパなスタイルではない。椿油でガチガチにテカらせた本格派である。
理由としてはハゲた場合にできる髪型の中で最もかっこいいからである。時代劇とかもやってるし、ワンチャン見慣れないとかもないかもしれない。
とりあえずハゲる兆候は見られていないので、まだ今しか出来ないスタイルを楽しむつもりである。
最近の事だ。父と呑んでいる時にふと、何歳くらいからハゲ始めたのか?と尋ねた。
「おー、結婚した時くらいだから27歳くらいか?」
と言った。
僕はラストオブアス2の製作が発表された時以上、いや、人生の中でも感じたことのない喜びを、いや、悦びを感じた。
僕はもうそのデッドポイントを超えていた。
「てめえ、若ハゲだったんかい!!」
僕に呪いは掛かっていなかった。
隔世遺伝という言葉がある。2世代前の特徴を引き継ぐというやつだ。つまり僕は母方、もしくは父方の祖母や祖父の特徴を引き継いだのだ。
僕の子は1/4くらいの確率でハゲるかも知れない。
しかし、僕はハゲない。
いいか?もう一度言う、僕はハゲない。
ロバートジョンソンを始め歴史上の多くのロックスターは27歳で死んでしまうという伝説がある。
僕はロックスターではないが、ハゲでもない。
僕がお侍ちゃんになることはない。どこかの刀匠が錬成したとかいう高い剃刀ももう要らない。頭を剃る必要がないからだ。帰ったらすぐに捨てる。
僕は父を置いて、居酒屋を出た。悦びのあまり、居ても立っても居られなかった。
梅雨が明けてまだ外は薄明るい。アスファルトからムッとした熱気が香った。もう、夏はすぐそこだ。
一方その頃、兄は順調にハゲ始めていた。
※本記事を読んで不快に感じた方がいらっしゃったら大変申し訳ありません。薄毛の方を貶める意図はありません。