■怖い話:展望台での肝試し
これは僕の友人、ゆうた(仮名)から聞いた話である。
ある夏、高校生だったゆうたは、友人数人と近くにある山の展望台へ肝試しに行くことになった。
当日になり、突然ほとんどのメンバーが参加できないと言い出した。理由は夜中抜け出そうとしたのが親にバレたとか、体調不良とかそんな感じだったらしい。
ゆうたともう1人、ゆうたの友人Aは待ち合わせ場所にいた。
ゆうたとAは同じグループに所属していること以外に繋がりがなく、普段から話す相手ではなかった。むしろ、ゆうたとしては少し苦手な友人だった。
「なぁ、みんな来ないし、もう帰らん?」
ゆうたはAに言った。
「は?なに、ビビってんの?」
Aのこういうところもゆうたは苦手だった。
「みんないないならつまらんやん」
少なくともお前と一緒だとさらに、とは言わなかった。
「行こ行こ。みんな多分ビビって行きたくなくなったんやろ」
Aはそう言うと、自転車に跨り、ゆうたに荷台に座るよう促した。
待ち合わせ場所まで家から近かったため、ゆうたは歩きで来ていた。
渋々、荷台に座るとAの肩を掴んだ。
じっとりと汗で濡れたシャツが気持ち悪くてすぐに手を離した。
まばらに街灯があるだけの真っ直ぐな田んぼの道を抜けるとすぐに登山道入り口にある公衆トイレが見えた。
白々しい蛍光灯が付近を照らしていた。
Aは通りから見えないトイレ裏に自転車を停めに行った。
ゆうたはこれから登ることになる登山道入り口に目をやった。
比較的月の光で明るい夜だったが、夏の鬱蒼とした木々がまるでトンネルのように覆い重なり、真っ暗な口を開けていた。
「よし、いこうか」
蛍光灯の下に戻ってきたAは意気揚々とした様子で言った。
展望台までは15分ほど登山道を行く必要があった。
ゆうたはあまりにも暗かったので途中で引き返したいと思ったが、最初の木々のトンネルを抜けるとあとは月の光が届くほどには薄明るかった。
そうこうしているうちにすぐに展望台に着いたので、明日友人達に見せるための写真を撮った。
「意外となんもないのな」
行きはほとんど会話もしなかったが、緊張から解放されて、帰りはよくAと話した。
「な?そんなもんだって」
あっという間に2人は登山道を下りた。
入口のトイレまで戻るとAは裏に自転車をとりにいって言った。
「あ、やば、自転車の鍵落としたかも」
Aの声だけが聞こえた。
「え?どこに?」
ゆうたはトイレ裏まで聞こえるように大きな声で話しかけた。
「多分写真撮ったときかな。それ以外でポケット触ってないし」
トイレ裏から戻ってきたAが言った。
写真を撮ったのは展望台だ。
と、すると頂上までまた登らないといけない。
正直無理だ、とゆうたは思った。
「俺行けんよ。暗いし。見つからんやろ。歩いて帰ろう」
Aはゆうたの方を見た。
「何言っての?来いよ。探しに行くぞ」
蛍光灯に照らされたAは少しも表情を変えず無機質に言った。
「無理やろ。絶対見つからんて。明るくなったらまた探しに来よう」
「いや、俺知ってるし。絶対に見つかる。一緒に来い」
わかってるなら1人で行って来いよ、とゆうたは言おうとしてやめた。何かAに今まで感じたことのない迫力を感じたからだ。
ゆうたが何も言わないでいると、Aがゆうたの腕を掴もうとした。
ゆうたはすぐに手を引き、言った。
「悪いけど俺は一緒に行けん。ごめんな」
Aはゆうたを一瞬見つめると、そ、とだけ言ってくるりと振り返った。そしてなんの迷いもなく登山道に向かった。
あぁあいつホントに行くんだ。ゆうたは思った。真っ暗な登山道の中にAの姿が飲み込まれるように消えた。
そして、カリカリと車輪を回して自転車を引いたAがトイレ裏から出てきた。
「え?おまえ」
登山口にAが消えた瞬間、トイレ裏からAが出てきた。
「あ?どうした」
「鍵、ないって言って」
「あ、ないと思ったけどポケットに入ってた」
ゆうたはドッキリだと思った。
「ははは。うそやん。誰かおるん?」
しかし、どう考えてもさっき話したAと、今話しているAは同じ顔、同じ声だった。
「何言ってんの?」
そして気付いた。もし、本当に何か得体の知れないものがAに化けて出たんだとすると。
さっきと今、どっちが本物のAだ?
ゆうたは走った。
呼びかけるAを無視して一目散に。
後日、怒っているAに謝罪し、改めて話を聞いたが、鍵は実際にポケットに入っていたらしい。また、トイレ裏にいた時に出た、Aに似た何かについては本当に知らないし、話し声も聞いていないとのことだったそうだ。
ゆうたはドッキリを疑い、来なかった友達にも確認したが、全員、本当に家に居たそうだ。
もし、あの時鍵を探しに付いていっていたら。